巷談:目次

陰徳・隠徳・雪隠の夢・・・?



徳積みをしよう!

先日、どこだったか忘れたが、気学関係のサイトでこういう話を読んだ。
曰く

<運勢を良くする為には吉方取りも良いが、「徳」を積むことが大切である。特にいかにも良いことをしています、というような徳よりも、眼に見えない「陰徳」を積むことが大切である>

おお!なかなかいいこと書いてあるじゃないか!素晴らしい!気学ってのは吉方取りでアクセクしている人ばかりじゃないんだ・・・

<そういう訳で、陰徳が大切だから、自分は吉方に行ってはトイレ掃除をしています。でも、人に見つかってはいけないから、真夜中にやってます>


・・・・・・・・・。
う〜ん、まあ・・・悪いことではないよね。
トイレ掃除ねえ・・・夜中に・・・
確かに悪いことではないけど・・・

なんか・・・なんかが・・・・・・違う・・・



と・・・どこか割り切れない気持ちを残したまま、このことを忘れちまってました。ところが、著名人の命式を調べる為に検索していたところ、ある有名俳優兼映画監督のエピソードで、このトイレ掃除が出てきた。
その俳優はかなり運勢の強い人で、やることなすこと、すべて当たる。これは、下積み時代に師匠から「トイレ掃除だけは綺麗にしろ」と言われ、どこに行ってもトイレ掃除をし続けた。それで、現在の自分の成功は、このトイレ掃除があってこそということなのだそうだ。しかし一度大きく事故ってるので、常人には分からない因縁をも背負っているのだろう。全面的に認められないので名前は伏せますが、すぐに誰だか分かるでしょう。

この話に触発されたのか、自然発生的にか、他にもトイレ掃除に励む芸能人が存在するようで、これを真似する一般人が出だしたもののようである。

更にはこれが、「トイレ掃除をすると金運がつく」ということになり、それも道具やゴム手袋を使わずに素手でトイレの中にズボッと手を突っ込んで洗うと、より効果があるのだそうです。

まあ、大昔から、武道だろうが芸事だろうが、修行の世界ではトイレ掃除から修行が始まるのは珍しい話ではないし、一般家庭でもトイレ掃除が大切なのは言うまでもないので、賛成は賛成ではありますが・・・

陰徳を積む目的、かつ金運を得る目的で公園や駅のトイレ掃除って・・・どっか違うような気がするのだが・・・
「陰徳」(いんとく)とはもともと仏教の言葉で、いろんなところに出て来る。有名な「積善の家に余慶あり」って言葉とも、通じるところがあると思う。筆者は「陰徳」の講義をするほど偉くも立派でもないのだが、ちょっと気になる・・・


金運とトイレの関係

「トイレ掃除をすると金運がつく」

こういう説は、語呂が良いことでもあり、いい加減でも何でも、いったん巷に出ると、瞬く間に広がるタイプの話である。筆者の知っている限りでは、トイレと金運の関係はたった一つしか思いつかない。
それは、夢判断で、トイレや便器などの汚物が出てくると、それは思いがけない臨時収入の予兆だということだ。それも、大便がベッタリ体にくっついたというような、非常に汚い夢であればあるほど、はっきりした現象がある。トイレと金運の関係で今知っているのは、これだけだ。

この夢占いはけっこう当たる。と言うと、「じゃあ、こういう夢はどういう意味ですか」とキリがなくなるが、興味のある人は夢占いの本でも紐解いてみると面白いかもしれない。

しかし、筆者は夢占いは原則として教えないことにしているし、自分でも必要な時しか調べない。それは夢占いには少し面倒な側面がある為である。

上記のように、「汚物=金運」という知識を得ると、欲に忠実な人は、ウンチ山盛り(!)の夢をしばしば見るようになる。実際に知り合いでそういう人が居た。ちと変わった人物で、若いのに守銭奴と言っていいような性格の女性である。
○万円入り(一桁)の財布を落とした時など「怪我でもしなくてよかった。お金で済んでよかったねー」と慰めると、「お金を落とすぐらいなら怪我したほうがよかった。怪我なら自然に治るからタダで済む」と泣き崩れ・・・
「馬鹿モン!大怪我して不具にでもなったらどうする!そんなこと言うもんじゃない」と皆に叱られていたが、この人なんかはこの汚物の夢の件を知ってからは、しょっちゅうウンチの夢ばかり見ていた。

「ゆうべねー、すっごい汚れたトイレに入って、もうあちこちベタベタにくっついちゃった・・・」と嬉しそうに報告してくれるので、かなり呆れたが・・・実際の彼女の金運はよく分からないけど、生活ぶりからしてそれなりに貯めてはいるでしょう。その貯金がどうなるのか、まあ人間は、人生終えてからでないと、結論は出ませんがね・・・

これは潜在意識の賜物で、「金運欲しい、金運欲しい→ウンチの夢見ないかな、ウンチの夢が見たい見たい見たい・・・」
こうして、自分の欲望に忠実な人ほど、見たい夢を素直に見るようになる。勘違いしてはいけないのは、夢を見たからお金が入るわけではなく、お金の入る運気が来ているので、それがそういう夢になって現れるのであって、そこを勘違いしてはいけない。
ある意味で、方位も似たようなもので、運気が上昇している時には吉方に行ってしっかりと吉効果が出るし、下降気味の時にはなかなか吉方へ行く機会がなく、無理して行ってもあまり効果がなかったりする。
ジタバタしてもしょうがないので、何事も無理は禁物ということだろうか。運命をいじるということは、そんなに右の物を左に移すようなわけにはいかないものだ。無理すれば必ず揺り戻しが来る。前述のトイレ掃除の俳優も、大事故という形で強運を通してきたツケを支払っているのかもしれない。


夢判断あれこれ

恣意的に自分の見たい夢を見て利益があるのは、夢そのものが心地よく、夢を見ることそのもので直接に良い効果がある場合のことだ。見て吉効果のある夢ならば、幾らでも見たい夢を見たほうが良い。
しかし、予知夢を潜在意識で操ってしまっては、もう夢判断の意味はほとんど無くなってしまう。

筆者はフロイトはあまり好きでないので、ここで即座に結び付けて考えて欲しくないのだが、予知夢には純粋な少し神霊がかった予知夢と、体質や健康状態・精神状態などが絡む潜在意識的な予知夢がある。
前者の純粋予知夢は特別なもので、かなり少なく、一生に一度も見ない人も沢山居るだろう。後者の潜在意識的な夢は、だいたい運勢と何らかの因果関係がある。
比較的多い例として、歯が抜け落ちる夢は肉親と死に別れる夢なのだが、筆者は親と離れていて心配している時によくこの夢を見たが、その時は別段何もなかった。心配が歯の抜ける夢になったものだと思う。

夢に関しては、皆さん、けっこう気になる経験をお持ちの方が多いだろう。全然霊的素質がないと思っている人でも、何か気になる夢を見たことのある人は多いようだ。

前にも道場の仲間の女性が「私の男運はどう?」と言うので、とりあえず人相から分かる範囲で筆者なりの解釈を言うと、ずっと昔に、夢の中で占い師だというお婆さんが出てきて、筆者がその時に言ったこととそっくり同じことを言われたのだと、びっくりしていた。ちょっと面倒なところのある人なのだが、それ以来、私を恐れて全くちょっかいを出さなくなったので、けっこう助かっている。(笑)

夢に関しては、まだまだ面白い話はあるのだが、健康に関する夢は比較的よく当たるので、覚えておかれると良いだろう。例えば、甘い大福などをお腹一杯食べる夢は、ほぼ確実に体調を壊すので、甘いものを夢の中で食べてしまったような時には、すぐに休養を取るように心がけて、大事に至らないように注意したほうが良い。


陰徳って何?

話を戻すと、夢判断で汚物と金運の因果関係があるからと言っても、だからと言ってトイレ掃除をしたから金運がつくというものではないだろう。
もちろん、トイレは家の中でも公園にあっても陰気の場所なので、そこを清潔にし、なるべく陰気がこもらないようにするのは良いことである。その結果として、運気全体がアップして金運も上昇するというのなら分かるが、金運目当てでトイレ掃除というのは、ちょっと邪道ではなかろうか。

風水的には金銭は水性なので、水=極陰、トイレ=極陰として、陰気の場所を整えることで金運アップを狙う、という無理なこじつけもできないことはないが・・・

やたらにビロウな話になってしまいましたが、陰徳とは、本当は「陰に隠れてする善なる行為」ではなく、「無私の行為、何かの見返りを求めない行為」だと筆者は考えます・・・
陰に隠れてしようが表で堂々としようが、徳は徳だし、何かと引き換えにするのは全然徳にはならないんじゃないでしょうか?これを、表に見える形ですると他人が「この人は良いことをしている」と認めるので陰徳が無くなるとかいう、ややこしい話もあるようですが、もう・・・そんなことどうでもいんじゃーあるめーかぁー。
その理屈に対抗するなら、「良いことしたほうがいいんだよー」というお手本を見せることで社会の役に立つし、子供の教育にも良く、徳が倍増する、という議論だってできまっさ・・・・・・。あのねー自分にこだわり過ぎなんだよー意識して陰徳積むとか何とか言ってる人は。何でもいいから、欲に駆られて悪いことしないで、黙って良いことすればいいんですよーぉー。そう思ってる人は、自然と誰も知らなくても善なる行為をしてしまう筈じゃないですかぁ?
映画俳優が大枚の災害基金を寄付するのがニュースになったとしても、それは宣伝費で陰徳じゃないだろう、ぐらい誰でも分かりますから。でもそれだってあまり陰徳にはならなくとも、しないよりはしたほうがいいと思うけど。(実は、弱者を救済するのは、徳のすり替えとか横取りという、ややこしい理屈があるんですが、それはまた今度…)


そう言えば、徳と似たようなことで、前にも怒ったことがある。

質問「法華経の修行をすると、本当に運勢が良くなりますか?」
まあ普通のセンセイならば、「ああ、良くなりますとも。必ず良くなりますから、一生懸命頑張って修行して下さい」と暖かく受け止めてくれるのが相場だと思う。
しかし、ひねくれ者の筆者にこういうことを言っても、そうは問屋が下ろさない。

答「修行とは努力によって心身を磨き、私利私欲を捨てて大きな器を作ることが目的です。その結果として運勢がよくなることはあっても、何か現世利益と引き換えにするのは修行とは言いません。運勢が良くなるならば修行するが、その保障がないならばしないというのでは修行にはならないので、無理には薦めません」
などという屁理屈を言ってしまう筆者なのでありました。

けっこうひねくれた言い方に感じるかもしれないが、信仰の世界では、これは実はけっこう重要なポイントなのです。法華経を捧持する大手の宗教団体では、願いをかけて読経させるので、口では経文を唱えながらも心は欲に囚われて魔界に入ってしまう。
この状態は、修行によって心身を清浄にし、磨くのではなく、宗教的行為によって動く「使い魔」との契約の世界なので、同じ読経という行為をしていても全く質が異なる。聖天信仰などで述べた願掛けと同じことである。

公園のトイレ掃除も、「今月はこれで○回陰徳を積んだなあ・・・しめしめ、もうちょっとしたらこの労力は○倍になって返って来る筈だ。いつごろになるかな・・・うん、ここは家から○キロだから、線路の法則によると、○月ぐらいには効果が出る筈だ」
これでは欲で蠢く使い魔がそのへんに増えるだけで、大した徳になるとは思えないのだが・・・

断っておくが、芸能人の例はかなり特殊なケースで、芸能人はもともと一般人とは、運勢の強さや、ついでにアクの強さも違うので、トイレ掃除をしながら、他人がトイレを汚すことによって失った徳をそこで拾い集めているかもしれない。トイレにウロチョロしている魑魅魍魎だって、連れ帰って手下にして勢力増強してるかもしれませんよ。一般人がこれを真似しようったって、反対に手を噛まれるだけかもしれませんが。
そういう生命力の並外れた鬼神のタグイに徳を取られない為にも、公衆トイレは汚さないようにしましょうねぇ。

まあ、トイレ掃除は、玉埋めやパンツ埋めの為に神社の境内を掘り返したりする大馬鹿どもよりは、ずっとマシでしょうがね・・・
少なくとも、子供にはこういう開運法は教えないで頂きたいものです。汚い話ばかりでスンマセン。

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