巷談:目次

犯罪者と風水

占い師という職業

筆者が、さる運命家のところに出入りしていた時のことである。もちろん占ってもらいに行った訳ではなく、仕事である。
この運命家の実名を上げたいのは山々だが、この方はあまりに才能に恵まれるあまり、出る杭は打たれるの譬え通り、ずいぶんいろんな目に遭っていらっしゃるようだ。
他の占い師の嫌がらせに加えて、ファンにも熱心過ぎるマニアもあり、その中にはときたまストーカー化する者もある。こういった問題は占い業界では避けて通れない問題のようだ。

「いや、ストーカーに狙われるのは、本人にそういう体質があるからだ」と思われる方があるかもしれないが、確かにそういう面もあることは否定できない。ただ、他の業界に比例して、その率が極端に高いことは確実で、タレント並みかも知れない。
前に、テレビの占い特集で、主婦で占い師を兼ねた方がはじめてテレビに出演して、その時は張り切っていらっしゃったのだが、視聴者の中からストーカーが出て、この方の自宅を調べて電話をかけまくったり、果ては突然自宅に尋ねてこられたということがあった。それで筆者に連絡してこられて、「こんなことって、あるんですか?」と相談を受けたことがある。

そこで、この業界にはそういったことは付き物だし、とても主婦の趣味と実益を兼ねたアルバイトとして考える仕事ではない、ということを申し上げことがある。過去にも有名な○○易断の易者が、鑑定客の恨みを買って殺された事件があったことを、覚えていらっしゃる方があるだろうか。

少し話がそれたが、この間の事情と、前出の運命家が現在ではレッキとした僧侶という身分であることに鑑みて、この運命家の実名を上げることは控えさせていただく。だがこの方もじつは、風水に関連した著書を上梓されている。

僧侶で運命家、風水師を兼ねた人物といえば、歴史上最も著名なのは、中国では大乗仏典のほとんどを梵語から中国語に翻訳した鳩摩羅什博士、日本では聖徳太子がある。これらの先師諸大徳は、さまざまな占いを道具として使うことによって、大乗仏教の思想を広めた方である。
早くいえば、「占いを見てあげますよ」と言って人を集め、眼の前の現実的な問題を解決するかたわら、もっと根本的に人を救い導くために、最終的には大乗仏教の門を指し示した諸賢である。
そのため、日蓮宗、法華宗では、布教師は必ず姓名判断や方位学、風水学を学ぶ。新興宗教も真似をして、街頭での手相見、手かざしから布教を開始したりする。

「なんだ、ずるい。それじゃあ、風水というのは結局は宗教を広めるための手段として使われるものなのか」と言うなかれ。このあたりの論議は本題ではないので差し置くが、風水というのは、現実生活に密着した地の学問であり、形而下のものである。
天と地のバランスが取れていなくては、道具はただの道具であり、両刃の剣である。使い方を知らないヤツに持たせると、当然怪我をする。このサイトでは、おおげさに言えば、風水という地の学問にできるだけ天の気を吹き込み、眼先のことで右往左往せずに、広い視野を持ちたいと思っている。

前置きが長くなったが、この、「目先のこと」というのがどういう意味なのか、風水は本当に目先のことだけなのか、ひとつ興味深い例があったので、これを考えてみたいと思う。


鑑定客の正体は

平成12年も暮れが押し迫った現時点で、果たして沈静化しているのか、それとも水面下で不気味に膨張しているのか、よく正体の見えない○○真理教だ。
この教団の起こした地下鉄サリン事件捜査の大詰めの時に、なかなか捕まらない大物が何人かあった。それに関して、冒頭で紹介した運命家&僧侶のところへ、警視庁のサリン事件担当者が、事情聴取に来られた。

というのは、捜査の過程で、この逃亡犯が一瞬の差で逃げ去った後に、この運命家の著書が残されていたのだそうだ。捜査の手が迫り、目前で逃亡した後だったため、いろんな生活の痕跡が残っており、その中にこの著書が入っていたものだ。
それもただの本ではなく、著者直筆のサイン入りである。そのため、このサイン本がどういう経路で逃亡犯の手にあったものか、実物を持って事情聴取に来られたものである。

いろいろ調べてみると、この本はその逃亡犯本人が、この運命家のところへ鑑定を受けに来て、その時に序でに、持参した本にサインを貰っていったものだった。
鑑定の内容は引っ越の方位の吉凶だったそうだ。鑑定の申し込み書は残っていたが、この住所氏名はもちろん偽名だった。

そこで当然、捜査官が聞きたかったのは、この逃亡犯が果たしてどちらの方位へ逃げたか、ということである。当然、専門家に鑑定してもらったわけだから、吉方へ行っている。細かくは知らないが、とにかく、その時点で与えられた条件の中では、最大の吉方に逃げた筈である。
そこで、その運命家がかの逃亡犯に指導した通りの方位を探したら、しばらくしてその逃亡犯は逮捕された。記憶が定かではないが、2〜3週間後だったように思う。
風水のセオリーでは、方位の効果はその場で出る訳ではないのだが、この犯人は鑑定に来る前からその著者の本を手にしているのだから、かなりの確率で吉方、吉方と動いている訳だ。

吉か凶か

ここで出て来た問題は、吉方へ行って逮捕されるというのは、果たしてどういうことなのか、という問題である。
捕まりたくないから、風水を使って吉方へ吉方へと行ったものだろうが、捕まってしまったというのは、これは吉方ではなかったのか?
はたまた、早く捕まって、これ以上罪を作らない、ということが吉効果だったのか、ということも考えられる。
これは、もっと突き詰めて考えると、風水を使って悪事を働くことができるのか、という問題にもつながる。自分の都合の良いように、吉方、吉方へ移動しながら、完全犯罪を成し遂げることができるのか、という疑問を投げかけることができる。
果たしてこの、「サリン事件逃亡犯が風水を使って逃げていた」というニュースは瞬く間にマスコミの間を駆け巡り、この疑問を呈する記者が現れた。そこで、当の運命家のところに、大手スポーツ新聞から連絡が入り、この件に関してコメントを求められた。
折悪しく本人が海外旅行中だったため、筆者のところへ取材が回ってきたので、どうしようかと思ったのだが、この運命家の意思は前々から理解していたので、本人に代わって筆者がひかえめなコメントを残すことにした。
それは「捕まることが、この犯人にとって吉効果だった」という答えである。平凡といえば平凡だが、よく「競馬の当たり番号を教えてくれ」「宝くじの当たる方位を教えてくれ」という、「勘違い風水」も多いので、それを否定するためにも、何らかのコメントを残した方が良いと思ったからだ。

考えてもみて欲しい、少々悪運が続いて首尾よく逃げ続けたとしても、いつまでたっても事件の決着はつかない。本人も家族も犠牲者も、警察も日本国民も、逃亡が続く限りは心が休まらない。
また、事件がなかなか解決しないので、担当刑事が他のルートからこの運命家のところに相談に来られたこともあった。これらの膨大な経費は、国民の税金から賄われるのである。誰にとっても、早く捕まるに越したことはないではないか。


因縁の汚濁

筆者の風水学ではこういう結論になるのだが、サイトの読者は如何だろうか。
しかし私は、この事件に限っては、風水の効果は補助的なもので、この犯人が逮捕されたことの最も大きな要因は、この運命家が僧侶であることに起因していると思う。
この運命家の事務所には祭壇がしつらえられており、逃亡犯がそこに出入りしたことによって、ズルズルと引き伸ばされていた事件が、速やかに解決に向かったものだと思っている。
人には順縁と逆縁がある。とすると、この逃亡犯も、風水、並びにこの運命家とは順縁の関係であり、祭壇に鎮座まします仏の加護を受けた一人であろう。

この運命家はその後、鑑定客の残したもの、書いたものは、あまり長くは手元におかず、いったんその邪気を払ってから、焼くなどして丁重に処分することにされたそうである。
鑑定に来られた方が、そこに出入りされただけで、幾分でもその悪因縁が軽くなり、運命が良くなるようにという配慮である。同時にこれは自分の身を守ることにもつながる。
例えば仮に、邪宗教に染まった者が何か持ち物を残し、それを他の誰かが「便利だから、高価なものだから」などという理由で持っていたとする。すると、この物品にかかった邪気は、他の人間の悪しき部分、因縁の重なる部分を吸い込んで、だんだん膨らみ、邪気の塊のようなものとなり、一つの生命を持つようになり、そのうち大きな災いの元となる。
人間どんな立派な人でも、完全無欠、真っ白ということはないものである。汚れるのは早い。水は低いところへ流れるし、水を汚すのは一瞬にできても、元通りに澄みわたるまでは、長い時間がかかる。悪いものに影響されないでいるのは難しい。
風水師たる者、このように、小さなことに対しても、他人の気のつかない配慮が必要になるものだ。事件の犠牲者に合掌。


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