「水野南北の熊穴」

4・頭と身体各部(前編)



前章までは南北相法・前編の中の「巻の一」だったが、今回は巻の二。全巻をそのまま引き写して書いても仕方がないので、原典のだいたいの構成に添いつつ、アウトラインがなるべくわかり易いように抜粋してゆく。

今回と次回は頭部と身体各部。これで、体全体でどこをどう見るのか、その概要が何となく掴めると思う。

頭の形と大きさ

一、頭の形で心の深浅を見ることができる。頭の大きすぎる者は心を決めるのが遅いので、万事が八、九分通りまで順調に行っても、最後まで成就しないことが多い。頭の小さ過ぎる者も、大きい者に同じで、運勢の発展は望めず、物事の成功がおぼつかない。

一、頭が後ろへ長く奥行きのある者は、心が深くまた意志が強い。頭の奥行きのない物は心が浅く、小心者であり移り気である。


弟子との問答に於いては、こういうことが書かれている。
頭は天に準じて円形であり、最も高い位置にあって陽気の集まるところでもあり、諸々の思考、感情の動き回る所であるから、頭が心を司る。
頭が大きい者は心にしまりがなく、そのため身の治まるのが遅いようである。また、特に頭の小さい者は心が狭く、従って運勢の発展も難しいだろう。


頭頂について

一、頂は高貴なるものを宿す部分であり、また万物を保つか否かを見るところでもある。頂きが高く尖っているものは、一生、苦労につきまとわれ、愛嬌に乏しい。頂に肉がついて丸く高い者は、人の上に立つ相であり出世するであろう。また心正しい人であり、学者や僧侶などは特に良い。

一、頂の中央が極端に低くなっている者は、妻子の縁が薄く苦労が多く、家の収まるのが遅い。少々低くなっている程度は気にする必要はない。

一、頭頂部が後ろへ高くなってゆき、額と頭頂の区別がつかず一様に見える者は、気が強くて愛嬌に欠ける。家を見出し妻子との縁が薄く、故郷を離れがちである。しかし頂が後ろへ行くほど高くても額は額できちんとしている者は、運勢が強く福運に恵まれる。

一、頂きが平たい者は運勢が強い。危険に遭遇しても自然と免れるであろう。

一、頂きに大きな傷、又は禿のある者は、目上と意見があわない。良い人と近づきになってもそれが長続きしない。


問答の内容
頭頂部はいわば体の峰であって、高く清浄であるが故に、身体の中では高貴なものを宿す所である。また頂きは、天陽の恵みを受けとめる場所であるから、そこに凹凸のある者は万物を留めることが出来ず、散財の相と言われる。頂きに疵があるのも、貴人の縁に支障が生じることであり、優れた人物と近づきになっても長続きせず、目上とも意見が合わない。
また頂きが丸いものは体の山が丸いということであり、天陽を平等に受ける吉相と考える。


髪と髭について

髪や髭も身体の一部だが、南北翁は髪と髭を草木に例え、身体の中では心臓と腎臓に対応させている。
心臓と腎臓は陽と陰の関係だが、その陰陽が相互に絡み合って髪と髭を生じせしめているので、髪と髭によって、腎血の強弱を判断できるとしている。老いて血が薄れ白髪になるのは、草木が枯れるに等しいということである。
髪質によってもいろんなことが分かる。赤毛、ちじれ毛、太い髪、墨のように黒かったり剛毛なのは下品の相である。太い髪は弾力がなく切れやすいので、腎血の薄さを意味し、細く柔らかい髪は粘りがあって勢力旺盛である。


年取って髪が薄くなり額が禿げ上がるのは、自然の巡りに添って運勢も順調に巡っていることを意味する。しかし、急に髪や髭が赤毛になったり、額の生え際がまだらに禿げ上がる時は、天にむら雲の起こるようなものである。
若いうちに額が禿げ上がる者は、天が早く晴れ上がるようなもので、出世が早く運が早く開くのである。反対に、髪が濃くて額にかぶさるようになっている者は、自分を知ることがなく、身分が低い。


この髪と髭の部分では、昔から言われていたことをすっかり忘れてしまっていたことに気付きました。
髪の毛は多くて黒い方が何となく安心できるし見栄えもするような気がしていたのですが、髪の毛は少なく細いほうが高貴の相なのですね。
黒くて太く硬い髪は、引っ張ると切れやすく、細い髪はしなやかで粘りがあるのだそうです。ここで思い出すのが…「精力絶倫」(笑)やっぱり、昔から言われていることは事実のようです。
また、南北相法で繰り返し述べられているのは、髪の毛の生え際のことです。生え際の髪が濃いのは額の上部が曇るのと同じで、まだ運が開けていないことでもあり、目上にかかわる宮が豊かでないことなので、目上と意見があわず、目上の引立てを得られないことだそうです。
髪の毛は生え際が薄く、全体に少な目で毛が細く、しっとりとしなやかで、赤毛でなく適度な色なのがよさそうだ。


顔について

顔については各部にわたって述べるが、ここでは顔全体について述べる。
南北双方によれば、顔は精神と肉体の各要素が集約された場所なので、顔だけで一身上の吉凶を見ることができるという。

顔の正面の幅が広くて後ろにいくほど狭い感じのする者は、妻子との縁が薄く、万事において蓄えるということができない。
反対に、正面よりも後ろの方が張り出す感じの者は、子縁があり、たとえ実子が無くとも養子に恵まれてうまくゆくあろう。

顔の真ん中が低くなっている者は、卑俗だが愛嬌に富んでいる。顔の真ん中が高い者は高貴の相であるが、愛嬌に乏しい。

顔の正面は陽、横面は陰である。正面が広く後ろが狭い時は、陰面がなくて陽面だけが盛んであるということで、心が陽気である為に何事もおおっぴらにしてしまう。
正面よりも後ろが広いのは、陰が陽を抱えていることで、これを陰陽和合の顔といい、また後ろに備えがあることも意味する。



首筋について

首筋で長命・短命を見分けることができる。首筋が太い者は長命で病気になることが少なく、細い者は身体が強くない。首筋は太くても細くても、後ろから見て元気なく淋しげに見えるのは生命力が衰えている証拠である。

首筋が長く立ち伸びている者は、分相応に穏やかな暮らしをする。首筋が短い、いわゆる猪首の者は、体が頑健で長命である。体格がよくて人柄も良い者が首筋太く猪首の場合はそれ相応の福運があるが、下品の相の者が猪首の場合は、優れた人達との交わりもかなわず、安楽な暮らしとは縁遠い。

問答によると、首筋というのは人を樹になぞらえた場合、頭が根であり首筋は幹、手足は枝である。従って、幹がしっかりと太いのは頑健で長命だということだ。
しかし、幾ら太くても、樹木も枯れる時には何となく元気がなく淋しく見えるものであるように、人も首筋が淋しく見える時は、悩みがあったり大難に見舞われるものであるそうだ。

咽喉骨の高い者は、片意地であり、なかなか出世は覚束ない。咽喉骨が不要に大きいのは樹木に節があるのに似ており、素直に育っていない証拠である。節のある樹は見苦しいので、家を建てる時にも人の目につく場所には使用しない。人間の場合も、労多くして功少なしの暗示がある。


鎮骨(枕骨)と寿骨について

鎮骨とは、後頭部の下の方の、ちょうど枕の当たる部分の骨である。
この鎮骨の高い者は長命であり分相応の福運に恵まれる。鎮骨が無かったり疵のある者は、苦労が絶えず災難が多い。

寿骨が目立たない者は、運勢に浮き沈みがあって根気が続かない性格。鎮骨、寿骨ともに高いのは大吉の相。


人相判断でもあんまり気のつかない部分だが、この鎮骨(枕骨)というのは、頭の目立たぬところにあり、一方寿骨も耳の後ろに隠れている。
鎮骨は南極星であり、南極星は地平線下36度と言われて普段は見えないが、寿命を司る星と言われる。鎮骨と一対の寿骨が連なるとぐるりと後頭部を取り囲む三体の星となる。あまり目につかないところに寿命を司る福寿星が位置しているのは、興味深い。

肩について

肩は生涯の運勢と貧富の運の現れるところ。俗に「細い肩にかかる」「薄い肩」「肩を落とす」「肩を怒らせる」「肩書き」「肩入れする」というように、何かにつけて出て来るが、その表現は、生活の貧富とか勢いに関係することが多いようだ。

一、肩が厚くて格好の良い者は、分相応の福運に恵まれる。

一、肩が薄くて格好の悪い者は、苦労が多くて運もよくない。

一、肩は職業と大いに関係がある。いかにも荷運びをするような格好をしている者は、身体を使わずに暮らしを立てることができない。富裕の者でも体つきがいかにも荷運びをするような格好の者は、結局は身体を使わない暮らしができない。

一、肩の肉が薄くて骨ばって見える者は、気は使うけれども身体を使う暮らしはしない。日ごろ体を使う仕事をしていても、そういう肩つきになっていない者は、結局は自分が直接身体を使うことは少ない暮らしをするようになる。

一、肩の肉が豊かで骨がそこに埋まっている感じの者は、身体は使うが必要な気を使うことがなく、下賤の相である。

一、日ごろ身体を使わずに暮らしている人が、肩に力がこもって見える時は、その時の運勢が強いので、万事順調に進む暗示がある。一、撫で肩ですぼまった肩つきの者、肩が淋しくみすぼらしく見える者は、子縁が薄くあまり出世はしない。

一、肩が素直で形のよい者は、心も正しく人からも引立てを受け、身分の高い人の知遇を得る。

一、怒り肩で勢いのある者は、気が強くて世渡り上手の人である。


かなり記述が多いので、主なものに留めるが、肩というのは身体の中でシルエットとしてかなり目立つ部分である。職業やその時の運気などとも関係があり、微妙であると同時に、けっこうはっきりした特徴が現れる。
肩身が狭い」という言葉があるが、婿に入ると自然と肩つきがひそやかになるそうだ。確かに、よほど人間が出来ていて丸く収まっていないと、のんびり大手を振って歩ける入り婿さんは少ないだろう。
反対に、思い通りにことが運んで勢いが良いと、「肩で風切る」という状態になるわけだ。

肩は、天の陽気を受け止める場所でもあるので、運勢的な勢いと同時に、心正しく公明正大な生き方ができているかどうかも表している。肩の形が良いかどうか、肩のシルエットは、運勢及び心の正しさに大いに関係するところだ。
運勢の良し悪しを、「肩が良い」「肩が悪い」ともいうそうだ。