広い家に住むのは幸せ?


タオ先生、毎回サイトの更新、楽しみにしています。
私はカナダのノバスコシア半島に住んでいます。ここはカナダの大西洋側の港町です。タイタニック号の犠牲者の眠る墓地があることでも有名で、映画の影響で、夏には大勢の観光客が世界中から集まります。
海流のおかげで冬は比較的あたたかく、外気温は零下20度くらいです。夏は短く、東海岸の州のような熱帯夜はないので、クーラーがなくても夜はぐっすり眠れ、とても過ごしやすいところです。
ところで、今回の更新の中で、「風水的に良い家を建てるには、敷地が100坪から200坪必要」というのと、読者のページのところで先生が「広い家に住んで大型犬を走らせたり、花を育てたり……してみたい」と書いてらしたのを読んで、思ったことがあります。

私も狭い東京で育ったので、一度は広い家に住みたいと思ってました。カナダに住んでいる今、それは叶ったわけです。こちらは坪という単位を使わないし、面倒なので計算したことがなくて、敷地が正確にどのくらいかは分かりません。ですが、東京の両親の家が15坪ほどで、ここは敷地がその10倍はかるくあるので、風水的には広さの点では合格でしょう。
好きな樹や花を好きなだけ植えられるし、犬も好きなだけ走れるし、友人を何十人も呼んでガーデンパーティーができます。つくろうと思えば、裏庭にプールだってできます。 しかし!メンテナンスがどれだけ大変か。
フロントヤードとバックヤードは当然のことながら芝生です。春から秋まで、週末は芝刈りと雑草とりです。刈った芝は市の条例にしたがって始末しなければならず、これは重労働。そして毎年、大量の肥料をまかないと、緑の芝は保てません。夏の日照りにはスプリンクラーを一日中つけてます。その水道代といったら!
なにより雑草とりが大変。日本では「かわいい」と思われているタンポポ、これはこちらではきらわれものです。あっという間に広がって芝を駆逐し、しかも根絶が不可能だからです。 だからこちらではみな、大量の農薬をひんぱんにまいて雑草を退治し、緑の芝生を保とうとします。その農薬による害(発ガン性や催奇形性)が近年問題となっています。私も今の季節、犬を散歩させると、近所を歩いていて喉がおかしくなります。芝にまかれた農薬が風にただよっているからです。
数週間前、市議会で、一般家庭にまく農薬を禁止する条例が決まり、2年の猶予期間をへて施行される予定です。だからといってみんな農薬をやめるか?そう簡単にはいかないでしょう。

この家に越して5年、我が家では農薬を使わずがんばっています。ちょっとぐらいのタンポポは愛敬があっていいやと思ってました。 ところが、先日、市の職員が来て、「近所から苦情がきています。30日以内におたくの庭をきれいにしなければ、法廷に呼び出します」と書類を置いていきました。
「ここは裕福な人ばかり住む住宅街なのですから、そこに住む以上、それなりの管理責任がおたくにあるんです。まじめにやってください」だって。こちらでは家を購入するとき、風水は全く気にしませんが、その家の外観と周囲の住宅の様子を重視します。
なので、近所に一軒でも芝にタンポポをはやしている家があると、「ヒッピーでも住んでいるのかも」と思って評判が悪くなるのです。家を売ろうとする人は、自分の家だけでなく近所の家の外観も調べてまわって、ちょっとでも手入れをおこたっている家があると、こうやって苦情を言うわけです。そうでないと、高い値段で迅速に自分の家が売れないからです。(話が長くなるので書きませんが、姑の住む某高級住宅街はもっときびしいです)

まあこんなぐあいで、広い家もいろいろ大変なのですよ。
冬は雪かきがあるし、手入れが重労働。定年した老夫婦は、せっかく住み慣れた家を売って、老人用の集合住宅に越していくのが普通です。こちらでは、年老いた親と一緒に住んで面倒をみるという子供はまれなので。
私は広い家なんて、もうこりごりです。親の狭い家がなつかしいです。次に夫の転勤で引っ越すときには、風水的に合格でなくてもいいから、今の家の半分以下の敷地の、庶民の住宅街にある家を買うつもりです。ではお元気で。
moo mooより


こりゃまた、強力な方が現れましたね。
このサイトでは、ただでさえ私が一戸建て派にロクなことを書かないので、一戸建ての鑑定を持って来る人は肩身の狭い思いをしてるっていうのに。

moo mooさんはジャマイカのyumiさんと共に、このサイト開設数日という頃からの読者で、珍しいお話を沢山聞かせていただいています。 ですが、これは少し辛いですね。
青々とした一面の芝生が、雑草除去剤、いや殺草剤で維持されていて、辺りを散歩すると農薬のせいで具合が悪くなるなんて、映画見ただけでは分かりませんし、まるでブラックジョークそのもの。

このお話は、いろんな観点からの問題を含んでいます。この章では、「広い家」「狭い家」ということについて、考えてみましょう。
そもそも風水とは、中国で生まれたものです。それをそのまま現代社会にあてはめると、初めから、少し食い違いが出てくるような気がします。風水でいう「風水的に十分な広さの家」というのは、ある程度、古代中国人が前提としていた家族構成というのがあるからです。
中国人の考え方にはプラグマティズムが根強く、生活の原点には美味しいものを食べ、寿命と健康を保ち、性生活を十分エンジョイして子供を沢山作って子孫繁栄を図る、ということが目的としてありました。現代でも中国人が増えすぎ(差別発言か?)なので、少子化政策を取っているくらいですし。
特に性生活と子孫繁栄には非常な重点が置かれており、この目的の為にはいろんな手段が数限りなくあります。中には笑えるものもありますが、風水というのも、子孫繁栄の為にはお墓をどう建てれば良いか、というところから始まったものです。
お墓を重要視する元には、先祖の後を次ぐ子孫が数多く健康に、巷に満ち満ちて欲しい、という願いが根底にあります。お墓の相を見るのは「陰宅風水」といい、生きている人が住む家の吉凶を見るのは「陽宅風水」です。

夫婦二人というのは、家族構成の原点ですが、中国的にはこれはあくまでも子供を増やすための最低条件という状態です。
風水的に理想的な家というのは、ちゃんと主人の部屋、主婦の部屋、長男の部屋、次男の部屋、長女の部屋、使用人の部屋、書斎、家事雑務の部屋、倉庫などの吉凶があります。これを無理に西洋的な核家族に当てはめようとすると、どこかに無理が来てしまうでしょう。
また現実に、これだけの家を維持しようとすると、当然のことに使用人、庭師も必要になります。現代生活からはおよそ掛け離れた考え方かも知れませんし、現代には現代向きの風水があるでしょう。

ただ、ついでにここで言っておけば、私は一戸建に関する限り、風水の原典はかなりそのまま当てはまる、下手に現代風にアレンジしてはならない、と思っています。この問題は、ここではこれ以上触れませんけれど。

でも、このmoo mooさんのお話は、やはり一戸建てに執着することの無意味さを、裏付けているような気がします。
私自身の話が出たのでついでに言っておきますと、子供の頃は別にして、ずっとマンション暮らしです。一戸建てに関しては、たまに知り合いが別荘を管理しているのを見て、その大変さに呆れている程度です。
引越しと模様替えが大好きで、人が不思議がるぐらい簡単に引越しをします。別に楽な引越しではありません。本だけで段ボール100箱を越えるので、引越し屋さんが根を上げるくらい。それもその筈、移動と変化の星がついているので、なにかしら引越しをするような巡りあわせになってしまうのです。というより、自分自身も簡単に動く性格なのですが。その代わり……かどうか、旅行が大嫌いです。
ところが移動の星と同時に、非常に不動産運の良い星回りなので、これはどういう兼ね合いか、とも思っているところです。まあ、晩年には、何となく自分の考えている形というのはありますが、いわゆる家を建ててのんびり暮らすという形ではありません。
今のところは、マンションの部屋が本と服で埋まって足の踏み場がない状態になっても、パソコンいじってる今の暮らしのほうが、気楽なのかも。

ただ、自分でアッという間に引越しをする性格なので、引越しの効果は身をもって知っています。風水を学ぶ以前は凶方でも引越しをしましたし、吉方、凶方それぞれを体験しています。だからこそ動かなければ運は開けないし、不動産に執着したら、その時点で運気が閉ざされることだと確信しているのです。

不動産を持つことを目標にするのもいいですが、あまり家を維持することにエネルギーを費やすよりも、プライベートタイムは、趣味や読書やスポーツや、大切な人との交流に使いたいですよね。
そのためには、あまり家や土地にこだわらない、シンプルライフの方が、長い目で見ると得策だと思うのですが。
「家への執着は運命の呪縛」でご紹介したミエさんも、「土地や家というのは、棲む人の運気をいっぱい吸ってしまう性質があり、豪邸を維持することで、その人の器のかなりの部分を消費してしまうような気がします」とおっしゃっています。
でも、タンポポの話聞くと、少しハラが立ちますね。この問題は今月、別の章にしました。芝生や農薬の問題とともに、「タンポポに見る北米の価値観」でさらに述べています。

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