先年から少し体調不良で、私にしては珍しく何度か病院通い。どうせ年取ると、いつかは必ず病院のお世話になること必定。ピンピンコロリも、なかなか難しそうではある。
知人、関係者も軒並み高齢化して、周囲でどんどん、入院だ手術だ、結局は涅槃で会おう(古い…)と続く昨今である。 私の周囲は、仕事関係の中年か、高齢者はほぼ武道関係者ばっかりで、病気自慢で花を咲かせるような環境が無い。その為、病気の話なんか話題に上らないし、違う角度から見ると、やや健康リテラシーが低い傾向はある。まさに、武士は食わねど…みたいな雰囲気でもある。 そのせいか、いきなり訃報が来たりもするので、驚きもするが、ある意味で慣れてもいる。まあ順番だからしょうがないよね、などとうそぶきつつ、診察を受ける。
胃が痛いと医師に告げると、「じゃあ、胃カメラの予約しましょう」と来たもんだ。 長年、歯医者以外は病院と縁がなかった私だが、数年前に軽く帯状疱疹が出てから、どうも調子が狂っている。CTとかMRIとか、目新しいことだらけでけっこう面白くはあるが、胃カメラ?
これはちょっと嫌だなあ…、歯医者でマウスピース作るのに、オエッとなって困った記憶が強烈なので、躊躇してしまう。
「うーん…うーん…、ちょ、ちょっと待って下さい、えーと、予定を見てから…」 「じゃあ、考えといてね」 と何とか誤魔化し、自分でよーく原因を考えた。 痛み止めのロキソニンをけっこう長く服用していたので、とりあえず、それに責任を押し付けてしまうことにする(笑)。
もともと胃腸は丈夫だし、この件に関しては結局、ロキソニンを止めたら胃の痛みは治まってしまったので、この時には胃カメラは無しで、胃酸の分泌を抑えるファモチジン服用だけになった。 「やっぱりロキソニンだったか。胃に穴が開いちゃうところだったね」 とか担当医に言われつつ、少し胸を撫でおろしたが、ほんとにこんなんでいいのか?
このことを知人に話したら、バリウム飲むぐらいなら、胃カメラのほうがずっと楽だよ、と言われる。そんなもんなのか、と思い、胃カメラ飲むのってどのぐらいきついんだろ?と少し調べてみる。 昔よりはずいぶん小型になって、楽にもなってるんだろうな、とか考えているうちに、昔読んだ、胃カメラ開発譚を思い出した。
私は吉村昭の大ファンで、けっこうな量の作品を読破しているが、「光る壁画」をオール読物か何かの初出誌で読んで、その印象がずっと記憶に残っていた。
この際、それを読み直そうと、自分でPDF化してしまった大量の本をHDD内で検索していたが、結局はKindle版でまた買い直してしまう。テレビドラマにもなっていたのを発見し、これもさっそく鑑賞する。
テレビドラマは、何となく小奇麗にアッサリまとまりすぎ、雰囲気やこだわり感がイマイチ伝えきれていない感じはしたが、まあ内容は分かった。 何の世界でも、職人技と言えるレベルに到達するには、ブラック企業顔負けの苦労がつきものだ。 筆者も基本は職人なので、何か作る時にはドはまりしてしまって、何十回でも納得の行くまで追求するのが当たり前になっている。 だいたい、自分で何かを産み出すような人間は、努力するとか大変だとか、そんな事をいちいち考えてはいない。自分の意志でやっているのだから、残業代が支払われないならやらない、なんてそんな訳はないので、勤め人感覚の人とは別次元で動いている。 その為、胃カメラに必須の小型電球を開発した職人が、「そんなにすぐあっさり諦めるなんてありかよ!そんなに簡単に人の命が救えるんか?何でもっとしつこく食いついて来ないんだよ!」と開発者を叱りとばす場面には、大いに共感したものだ。 (そうだ、そうだ、そんなにアッサリ出来てしまって、たまるかよぉ…) これに関しては別に、「四種類の働き方」というテーマで書きたいと思う。
私の胃は後日、やっぱり胃の翳が見過ごせないということで、胃カメラ検査を受けたのだが、少しだけウッとはなったものの、ほんとに医療技術は進歩したんだなあ、と改めて思う。 胃カメラの開発当初には、金属の筒を口から胃まで差し込むので、悪い方向に予想される事故は、やはり起こったそうだ。 もともと胃カメラは、大道芸人が長い剣を飲み込む芸を見て思いついたもので、素人があんな事を真似したら、当然ながら事故は起こる。先人のそういう多くの努力と犠牲の上に、今の結果があるわけだ。
私の内視鏡検査の結果は、胃底腺ポリープという良性のポリープが映っていただけで、基本は健康な胃に出来るものだそうだ。これがあると、ピロリ菌に感染していない、ということであり、別名をラッキーポリープと言われることもあり、特段、心配しなくて良いそうだ。やっぱりあの胃痛は、ロキソニンによるもので、それが自然治癒したということになり、この件は一件落着。
しかしこの一件のせいで、改めて吉村昭の作品を読み直して、小説とテレビドラマを堪能するきっかけとなった。 吉村昭の作品は、たまに、面白くない、文体が平板だ、と言う人がいる。実録小説なので、硬質な文章で淡々と描かれており、文章に装飾や強調が極端に少ない。たぶん、それがつまらなく感じるのだろう。 私はその装飾の無さが好きだし、あの題材で、感情移入しつつオーバーに脚色して描かれたら、えらいことになると思うのだが、その辺は好みが別れるところか。
初めて読む人は、戦争ものとか政治がらみの題材は後回しにして、それ以外から読むのが良いと思う。 動物ものでは「羆嵐」が有名で、確かに面白いが、気の弱い人にはちょっと怖すぎかも。「蜜蜂乱舞」「魚影の群れ」などがおすすめだ。
他のジャンルでは、「漂流」「高熱隧道」「長英逃亡」「闇を裂く道」「破獄」「ふぉん・しいほるとの娘」などから始めるのが良いと思う。 まさに「事実は小説より奇なり」を地でいく作品群で、事実が強烈なサスペンスになっており、他の作家では出来ない事実の重みを改めて噛みしめることが出来る。他に類を見ないタイプの、お勧めの作家である。
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