ディープな話


AIから魯迅へ  2025/11/06
見るべきyoutubeチャンネル  2025/08/20
美人の系譜  2024/06/19
運命を観る、ということ  2024/05/11


AIから魯迅へ
◆本題の前に、小さなお知らせ。
命式一覧表をやっとアップして、これで使いやすくなった、と自画自賛で喜んだのも束の間、節入り日の見方は相変わらず難しいのは分かっていた。
もう少し何とかならないか?と考えてたら、何のことは無い、節入り日を節入り前と後の二行に分けて書けば解決、ということに気づき、また手直しにかかる羽目に(ハアー)。
まあ何でも、分かってしまえば簡単な話なのだが、何か作る時って、こういう事は日常茶飯事なので、しょうがないですよね。ボチボチ直しにかかりますが、とりあえず直しが完了するまでは今のままで出しておくので、しばしご猶予を。
更にこれのバージョンアップ版も考えているのですが、それはまた後日ということで。


◆元はAIの話から
本題の魯迅の話なのだが、なぜ急にこんな話題を持ち出すかというと、AIの事を考えていたら、芋弦式の思考の結果、魯迅が出てきてしまったのだ。

元々は生成AIのハルシネーション=つまり幻覚や誤った考えが、なぜ起きるのか?という疑問だった。
単純な話、LLM大規模言語モデルが、ネットから収集したデータを元に組み立てられているとなると、ネットには大量のデマや妄想が流布しているので、そこから生み出されるものも、嘘八百が混在していて当然ではなかろうか?と単純に考えることが出来る。
最も稀少性のある情報は、どこの組織でも大切に保護していて、外部に公開しているものは一部でしかないだろう。無料でバラまかれているデータは、内容も薄く、あまり価値のないものが多いだろう、という考えに至るのは当然だ。

現にOpenAIでは、既にデータは使い果たした、と言っているそうで、次はどこからデータを引っ張ってこようか、と考えているそうだ。noteでクリエイターが自分のコンテンツをAI向けに使用許可を出せば一定金額を配布する、といったプロジェクトをやったのもその一環。
この問題は今後どうなるかは分からないが、今回私が考えていたのは、そういう話ではない。

AIの利用が進めば進むほど、ネットにはAIが作ったコンテンツが増える。
それをまた、AIは収集して話を作り上げるわけで、これは言ってみれば、言い方はきついが「AIの共食い現象」である。
AIはほどなく崩壊する、と言っている人々の論拠もこのあたりにあるらしい。AIが共食いを始めると、ハルシネーションが増え、結果的に予期せぬ暴走を始めてしまうのだそうだ。

SFの世界では、もうだいぶ前からコンピューターが自我意識を持つとか、暴走し始める、と言ったテーマが取り上げられていた。
このテーマでの大御所たる「2001年宇宙の旅」(アイザック・アシモフ)とか「月は無慈悲な夜の女王」(ロバート・A・ハインライン)などが有名だが、筆者なんかは若い頃に夢中で読んだディーン・R・クーンツとか、マイクル・クライトンなんかを懐かしく思い出す。
マイクル・クライトンなんかは、1960年代から素晴らしい空想科学小説を書き続けていて、筆者にとってその時代に新しい知識を仕入れるには、並ぶもののない存在だった。初版単行本で読んだ「アンドロメダ病原体」の描き出す世界なんかは、今やっと、現実が追いついてきたか、という感じだ。
「ウエスト・ワールド」なんかは映画化もされて、今見てもゾクゾクするほど面白いし、ディーン・クーンツの「デモン・シード」のヤバさはなかなかのもの。ヤバいのばっかり挙げるのもナンなので、一般人には「アンドリューNDR114」(ロビン・ウイリアムズ主演)なんかお勧めしておく。

こんな話になると、脱線が留まるところを知らなくなるので本題に戻るが、共食いによるハルシネーションの暴走は、AIが自分自身の間違った回答を再度学習し続けることにより、その間違った答えが際限なく拡大し続けていく可能性を秘めているのだそうだ。

簡単な例を挙げると、私たちが現在、youtubeで猫の動画を見るとする。生成AIは茶猫が2本足で立ち、前足2本で器用にモノを操る動画を作ったりする。なかなか面白くて再生数も伸びるので、更にAIはこの茶猫の画像を学習する。
そうするとだんだん、「猫とは茶色で、後ろ足で立ち、前足で器用にモノを扱い、人間を助けたりするものだ」という認識が、既成のものとなってゆく。実際にはそんな猫は少ないのだが、AI全盛の世界では学習数の多さから、この認識がデフォルトになってゆく。
これはあくまでも、「普遍」とされるものに歪みが生じてゆく一つの例なのだが、筆者はある時ふと「AI共食いが危険である」という話を、「人間が人間を食べることの問題点」と関連づけて考えたことがあった。


◆なぜ「人食い」が禁忌なのか
やや突飛な連想かもしれないのだが、筆者が前々から、「人間が人間を食す事が禁忌なのは何故か」という問題の根本的な回答を探していた、という背景がある。
なんでそんなもの探してるんだ?と思うかもしれないが、とにかく自分の中に、疑問の種として存在していたからだ。
有力な回答例として「同種を食べると、遺伝病が出やすいから」というのがあった。なるほどこれは、近親婚が法律で禁止されていること、近親婚の多い地域や家系では奇形が増えやすいことを考えても納得しやすい。

そこに来て最近とみに、中国情勢の不安定さが伝えられ、ある地域で若者が大量失踪した後に、市場で謎の肉が大量に販売されていた、などという、リアルホラー現象のニュースをしばしば見かけることが多くなった。
こういうニュースが目に入ってくる原因として、筆者自身がクリックするコンテンツに偏りがある、という原因は否めないので、この対策はもう少し徹底せねば、と思っているところなのだが、この問題は今回は横に置いておく。

そこでもう少し、食人に関する資料を漁っていたら、魯迅の代表作の一つである「狂人日記」が目に止まった。未読だったので早速読んでみたが、何となく「狂人」というのは一種の隠れ蓑でしかなくて、ほぼ事実なのではないか、とも読める。

しかし筆者はこの「狂人日記」を読んで、自分自身の考えや認識が、まさに平和ボケの低レベル日本人でしかなくて、余りに狭くて偏っていた、という気がして、頭を掻きむしりたくなるぐらい、恥ずかしくなってきた。

「なぜ、人間が人間を食べてはいけないのか?」に対する自分自身の考えは、前述の遺伝的な原因とか、漠然とした道徳観念の域に留まっていたからだ。
魯迅描く主人公は、こう述懐する。

 ◇ ◇ ◇

自分で人を食えば、人から食われる恐れがあるので、皆疑い深い目つきをして顔と顔を覗きあう。この心さえ除き去れば、安心して仕事が出来、道を歩いても飯を食っても睡眠しても、何と朗らかなものであろう。ただこの一本の敷居、一つの関所があればこそ、彼らは親子、兄弟、夫婦、朋友、師弟、仇敵、各々相知らざる者までも皆一団に固まって、互いに勧めあい牽制しあい…(後略)

わたしはどんなに口を抑えられようが、どこまでも言ってやる。
お前たちは改心せよ。ウン、分かったか。人を食う者は将来世の中に容れられず、生きてゆかれる筈がない。お前たちが改心せずにいれば、自分もまた食い殺されてしまう。仲間が殖(ふ)えれば殖えるほど、本当の人間によって滅亡されてしまう。猟師が狼を狩り殺すようにーー虫ケラ同然に。

想像することも出来ない。
四千年来、時々人を食う地方が今ようやくわかった。私も長年、その中に交じっていたのだ。アニキが家政の切り盛りをしていた時に、ちょうど妹が死んだ。彼はそっとお菜の中に混ぜて、私どもに食わせたことが無いとも限らん。私は知らぬままに何ほどか、妹の肉を食ったことがないとも限らん。現在いよいよ、おれの番が来たんだ…
四千年間、人食いの歴史があるとは、初めわたしは知らなかったが、今わかった。真の人間は見出し難い。

 ◇ ◇ ◇

この作品で描くところの「人食い」はあくまでも比喩であって、人を人とも思わぬ搾取システムが幅をきかせる社会のことである、という解説が多い。
しかし筆者は、「人食い」は比喩にみせかけた事実であり、逆に事実のような比喩でもあって、同時に「狂人」というのも、正常とされる人々から見れば狂人に見えるが、狂人から見たらいわゆる正常人が狂人ということなのだろう、と思っている。

まさに、筆者が考えていた「人を食ってはいけない」理由なんて、平和ボケそのものであって、「人食い」があり得たら、社会というものは成り立たないのだ。この一番肝心な部分が、脳裏の片隅にも過らなかった自分の浅はかさである。

魯迅は人を救おうと、いったんは医学を志したそうだが、ある体験を通じて、肉体の病気を救っても精神が病魔に冒されたままだったら何の意味もない、として、小説家に転身したという。
「病魔」と言っても、病名のつく鬱病とか統合失調症とかの話ではなく、自分や他人を尊重できないとか、広く社会のルールを守ることが出来ないなど、幅の広い話だ。
この「小説家に転身」部分はまさに、筆者にとっては感涙ものの一撃だった。


筆者は常々、本を読むことは大事だが、半端な教養書とか、ましてや実用書などは本のうちには入らない、と思っている。「本のうちに入らない」とは、言い過ぎのようにも聞こえるかもしれないが、じっさい、心の底からそう思っている。
実用書は単に本の体裁をした道具だから、道具の取り扱い説明書と同レベルと言える。「本」とは文字通り「根源的な真実」のことであって、それが一番効率よく的確に表現されるのは、小説の世界である。もちろん、小説以外でも真実を追求する姿勢で心に迫る本は沢山あるが、半端な教養書は似非本のタグイで一番嫌いだ。

何にでも、魂を吹き込むことは出来るので、筆者は前に一度、DVDラックの取扱説明書に舌を巻いたことがあった。単なる組み立て式の家具についていた説明書なのだが、今までこれほど、説明書を書いた人の、製品に対する知見と真摯な姿勢が窺われ、説明の仕方の上手さを感じる文を見たことが無かった。
他にもそう感じた人が多かったらしく、レビューを読んでみると、「この説明書は、書いた人の頭の良さに驚く」という意見が沢山書かれていた。懇切丁寧な説明書がついているのは日本製品の特長だが、技術力の溢れたぶんが説明書に出た、という感じだった。

こういう例外はあるし、科学書などにも非常に優れたものは多いが、やはり群を抜いて良書が多いのは小説である。
こらへんの話に疑問を持たれる方は多いかもしれないが、今すぐに手っ取り早く言葉で言いくるめても意味が無いので、いつか分かる日が来るといいね、ということにしておこう。

本を読むとは言っても人それぞれだし、私は自分の事を、小説以外の本が読めない病気、と思って多少困っていた。しかし世間には、どうも逆の人のほうが多いようだ。
これはたぶん、私は自分だけがまともで、他の人を狂人だと思っているが、他の人から見たら私のほうが狂人、という図式なのだろう。

狂人の私の考えでは、真の教養、心の栄養となり得るのは、優れた小説が一番だと常々思っているが、よほど信頼した人にしか、この意見は言わない。何せ、狂人は数が少ないのだから、辺りを憚って生活するに限る。
しかし、魯迅に倣って、今後はもう少し言ったほうがいいのかもしれない。

「狂人日記」は短編で、入手もしやすく無料で読めるので、皆さんにも是非読んでいただきたい。
Date: 2025/11/06
【読書の愉しみ】 【ディープな話】 【AI・テクノロジー】


見るべきyoutubeチャンネル
youtubeを見る理由にもいろいろあるが、そのほとんどは何かの参考になるとか、マニアックなものを見たいとか、いち早くニュースを知りたいとか、或いは「tube」の名称の通りに、テレビとして流しっぱなしになっているとか、だいたいはそんなところだろう。

しかし放送局の作るテレビ番組と、youtubeの大きな違いは、youtubeはその名の通り、誰でも発信者になれる、ということである。
視聴者から発信者にバージョンアップする理由は、副収入が目的であったり、自己実現であったり、本業の宣伝をしたいとか、youtubeそのものに本業として取り組んでいるとか、これも全くの自由である。
そのぶん、玉石混交なのは仕方の無い事で、これほど巨大化してきたサイト故に、自分がアプリを立ち上げた時に、どんな映像が流れてくるのか、視聴するにもある程度は、基礎的な知識とノウハウを身につけておく必要が出てきた。

そんな中で、是非皆さんに知っておいて頂きたいチャンネルがあるので、別に誰に頼まれた訳でもないのだが、余計なお節介を承知で、今回お伝えしておこうと思う。

少々、手垢のついた諺かもしれないが「職業に貴賤なし」という言葉がある。
しかし筆者は、職業に貴賤はあると思っている。それは、どの職業が尊いか卑しいか、ではなく、ひとえにそれに従事する人の姿勢、取り組み方である。医者とか弁護士とか、いわゆるステータスの高い仕事であっても、当人の取り組み方によっては、尊くも卑しくもなろうというものである。
ただ、ギャンブルに係る事などは、なかなか尊い仕事にはなりづらいと、個人的に思っている。せいぜい、必要悪的な需要はあっても、だいたい、志の高い人がそういう業種に入る割合は少ないだろう。飲む打つ買うの三業は、良い方に考えても、せいぜい趣味か、生理反応どまりではないだろうか。
よく、水商売なんかは女の土方だ、なんて言ったものだが、こういう解釈も、裏を返せば長くやるものではない、という前提あってのことだろう。

水商売や土方仕事(貶める積りの表現では無いので、誤解無きよう)にも通じるが、昔はよく、一時的にでも稼ぎたかったら3K仕事、なんて言ったものだ。
3K(サンケー)とは「キツい、汚い、危険」の三つのKのことである。これらの三種のリスクを冒す代わりに、無資格・未経験であっても、デスクワークなんかよりも高収入が得られやすい、というのが前提の、3K仕事だった。

ところが昨今は、「キツい、汚い、危険」はそのままで、高収入のほうだけが変わった。人手不足などと言いながら、3Kであるにもかかわらず、リスクに見合った報酬を払わなかったら、それは人が集まらないに決まっている。
人手不足なのではなく、安く保障も無しでこき使える「奴隷」が足りない、というだけの話なのだ。よく「人材が足りない」なんて言うが、高い報酬を払わなければ、良い人材が集まらないのは当たり前の話だ。

しっかり勉強して、高い能力を身につけて、難しい仕事を沢山こなして社会の役に立って、自分も豊かな生活を保障されて、頑張り甲斐のある社会で生きる、これが本来、あるべき姿ではないだろうか。奉仕的な仕事だから金の事を言うのは卑しいとか、何もせずに不労所得の入るのが勝ち組だ、夢はyoutuber、とか、そんなおかしな話は無い、とあえて断言しておく。

前置きが長すぎるのは承知だが、ここまで書いたのでついでに書いてしまうと、この日本劣化の一因は、皆さんもたぶん気づいておられる通り、派遣会社の中抜きである。
日本は世界で一番、派遣会社…もとい!「ピンハネ会社」が多いという、恥ずかしい現状だ。その中抜き率、いやピンハネ率たるや、一般的に25%、IT業務に至っては40%という恐ろしい割合で、もう何をか言わんやである。
竹中平蔵なんて呼ばずに、【中を抜いて】→【竹 平蔵】と呼ぼうではないか。

と、書けば書くほど、フツフツと怒りが沸き上がってくるので、トイレに行って、冷たい飲み物でも飲んで、怒りを鎮めて次に進もう。冷たい飲み物は体に良くないのだが、怒りで頭がカッカする時には、熱い飲み物だと更にカッカするので、少し頭を冷やしたほうが良いそうだ。(「黒い家」にて貴志祐介・談)


◆現代の3K仕事の一端◆
仕事の形態もいろいろ変遷してきたが、話に出した3K仕事のまさに現代版ではないか、と思われる業界がある。
それが、今回紹介する「ゴミ屋敷お片付け会社」である。皆さんたぶん、話には聞いておられることと思うが、世の中には「ゴミ屋敷」なる住宅が、そこここに存在する。

筆者も怖いもの見たさというか、見たいような見たくないような、おっかなびっくり及び腰で、たまにニュースで、近所迷惑のゴミ屋敷なるものが登場すると、つい気になって見てしまう。
ただ、ニュースに出るぶんは上っ面だけなので、中がどんなことになっているのか、経験がない限りは、まず想像の埒外だ。
筆者自身も、一時期レビュアーをやっていた時に(もう辞めているが)、家の中にサンプルの小物が尋常でない量溜りはじめ、これは危ない、とばかりに片付け始めてはいるが、まだ完全には片付いていない。
ところが、本格的なゴミ屋敷を見てしまうと、そんな筆者のナンチャッテゴミ屋敷なんて、鼻で笑って消し飛んでしまうぐらい、凄まじい世界だった。

youtubeには、何社かのゴミ屋敷片付け会社のチャンネルがあるが、これに出会ったのは偶然なのか、youtubeの何らかのアルゴリズムで流れてきたものか、とにかく自分で探した訳ではなく、たまたま見かけてクリックしたのが始まりだった。
何社か見た中で、いちばん印象に残ったのは「ゴミ屋敷専門パートナーズ」という会社だ。

このチャンネルを紹介するに当たり、まずは「この一本を」という形で、動画をどれか選ぼうとしたのだ。ところがどれかを見だして「これは凄いから、お勧めはこれにしようか」…ところが、次を見だすとまた「これ、前のより凄いじゃん…」。
また次を見だすと、「あーこれはもっと凄いわ…」と、もうどれを選んで良いか、分からなくなってくるのだ。

あんまり並べても気持ちの良い写真ではないので、2枚貼っておくが、これはレベルMAXに近い住宅だ。上はドアを開けた瞬間の画像、下は連係プレーで半分片付いた部屋の画像だ。
私なんかは、部屋が散らかるというと、雑然と物が散らばった状態を想像するが、実態はそんなものとはまるっきり違った。

何年にも渡って積層状態に固まったゴミの層が、部屋の中でだんだん上へ上へと成長してゆく。その高さの度合に応じて、膝まで、腰まで、胸まで、という風に高さを測定され、面積に応じて<公平に>料金が決まる。

今回紹介する会社では、この自動的に高さと面積に応じて料金が変わる(だけ)というシステムなのだが、これが如何に凄くて良心的な方法なのか、動画を何本か見ていただけば分かると思う。

考えてもみてほしい。部屋にゴミが溜まるとは言っても、住人の性格によって、その内容物が違う。衣類や紙類、CDなんかが増えるのと、食品系の食べ残しや生ゴミ、人間&ペットの糞尿が混じった状態では、その危険度や作業のし易さはまるっきり違うし、業者間での廃棄物の処理費用も違ってくる。
大量に食品系のゴミを数年放置して、腐りきった部屋の片づけ光景は、小さな画面で見ているだけでも、目を背けたくなってしまう。

多くの依頼者は、いろんな片付け会社に声を掛けるが、そのほとんどで、作業してみないとどのぐらいの作業量になるか見当がつかないので、見積もり段階では料金は分からない、と言われるそうだ。
実際それは、そう言いたくなるだろうと思う。それだけに万が一、予想以上の作業量になったとしても、明朗会計で追加料金を一切取らないこの会社が有難がられるのは、理解できる。そして実際の料金は、動画のラストで報告されるが、まさに聞いてビックリである。

貼った写真は、特にひどい状態のものを選んだようにも思えるだろうが、実は意外とどの部屋も、似た重なり方になるような気がする。もちろん、内容物は住人の性格によって違うが、ゴミが溜まる、という点だけ見れば、後は量の問題であり、いずこの部屋も遠からず、完全に夢の島(!)に代わってしまうことは間違いなく、段階に応じてその高さが違う、ということになる。
時々、プロの片付け会社が入っても仰天するような特殊な例もあるが、今回はその件には触れない。

後は願わくばゴミの内容が、紙くず、繊維類など、なるべく水分や腐食成分の少ないものであって、細菌やウジ虫やGや糞尿にまみれている率が少ないことを、祈るだけである。
そして驚くべきことには、多くの住人が、この部屋の中で寝起きしており、たぶん食事も採っている。まずは外から帰ってきたら、玄関ドアを開けて体を横にして、ゴミの中に潜り込んで上によじ登り、何とか部屋の中に入る。

コンビニ弁当容器やペットボトルが散乱…なら良いのだが、ギュッと隙間なく踏み固められており、トイレや風呂はほぼ使えなくなっているので、何らかの容器で用を足す。ある中年女性の部屋などは、風呂場に大量の新聞紙が積み重なっており、その全てがしっとり尿に濡れて固められていた。どういう風にしたらこの状態になるのか、またこうする必然性があるのか?首を捻りながらいろいろ想像を巡らせてみるが、いまだに分からない。
そしてまた、ゴミの山の上で、少しでも平らな場所を探して、座り込んだり睡眠を取り、また起きては仕事に出かけてゆくのだろう。

もう布団などはどこに埋もれているのか、布団を掛ける余裕など無いので、少しでも安定感のある場所を探しては、何とか居場所を確保する。現場を見て、少しだけ平らになって凹んだ場所があると、ああここで寝てたんだな、と推測できる。
そういう場所は、既に天井に頭が着きそうな場合が多いので、蜘蛛の巣が張った照明器具にぶつからないように注意しつつ…何をして過ごすのだろうか…。ゲームか何かが、現実逃避の手段になるのかもしれないが、充電するのも難しいだろう。

これは特殊な例ではなく、レベルMAXに近い部屋では、今、説明した通りの状態で生活している人が多いのだが、これが生活と言えるのかどうか、もうここまで来たら、人間としてどこかの回路が故障している気がする。

それでも、決して安くはない金額を払って、このように清掃を依頼できる人は、まだそれだけ、経済力も判断力も残っているのだ。実際にはそのまま、ゴミ山住人となって息を潜めて生息している人も多い筈だ。
生ゴミと、名状し難い瘴気に包まれて寝起きし、そのまま通勤電車に乗って出勤し、社会人として、一見普通の日々を送っている人も多いのだろうと思うと、何だか空恐ろしくなる。

心配なのは、これを片付ける人達、まさに今回、紹介する会社の人達が、仕事とは言いながら、あの水場の黒カビ、埃、Gの大群と闘う毎日で、健康を害さないか、という事だ。特に水場の大量の黒カビは恐ろしく、彼らはまだ若いので根性でクリーニングをこなしてはいるが、長くあの仕事を続けていると、何らかの影響が出てもおかしくない。
本来はN95マスクと防護服で入るべき現場の筈だが、客商売ということもあり、また軽装のほうが動きやすいこともあって、マスクさえしていない場合も多い。社会的に重要な仕事であるからこそ、現場の人達は体を大切にして貰いたいと思うのは、私だけではないだろう。

多くの時間をゴミ山の上で作業する為、足場が不安定で踏ん張りが効かず、足腰に負担が大きいのも厄介な問題だ。これは年を取るとかなり大きな問題になる筈で、いつもゴミが減ってきて床に足が着くと、「やったー」と喜んでいるのも分かる。

このWEB日誌を読んでおられる皆さんにお願いしたいのは、まずは筆者の選球眼を信頼して頂き、この会社の片付け動画を見ていただくことだ。それぞれ自分なりに、何か感じることがあると思う。
見方としては、ひたすらこの会社のチャンネルを見るもよし、他の同業者のものと見比べるもよしだが、とにかく、この会社のチャンネルは見て貰いたい。カドカワから声がかかって漫画化もされ、今月20日の発売なので、予約受付中。

ゴミ屋敷専門パートナーズ(youtube)
https://www.youtube.com/channel/UCmch6_ZUHzNyZk_kpUMfUMg
ゴミ屋敷専門パートナーズの現場日報 レベルMAXの人生お片付け
https://www.amazon.co.jp/dp/4046846739/

このチャンネルを見ていると、生きて生活するということ、仕事の何たるかを、いろいろ考えさせられる。また、現代社会の病巣が、そこここに口を開けて深淵を覗かせており、どんな人でも、いつそこに引きずり込まれてしまうのか、他人ごとではなく背筋が寒くなる思いさえ抱いてしまう。

ゴミ屋敷問題は、引きこもりやニート問題とも繋がっている。また、労働問題や超高齢化問題とも繋がっており、それらの病巣が「ゴミ屋敷」という形になって、表れているのかもしれない。

もし実際に、ゴミ屋敷問題で悩んでいて、一歩を踏み出せないでいる人がおられたら、迷わずこの会社に連絡して貰うのが良いと思う。彼らは片付けのプロである。恥ずかしいと言うなら、そのままにして逃げてるほうが恥ずかしいので、とにかく動くことだ。

いちばん迷うのは、たぶん料金問題だろうが、この会社は仕事内容の割には、絶対に「安すぎる」と思う。
他人が安易に、料金のことを安請け合いするのも憚られるが、例えば1LDKを片付けるのに、大の男を十数人、二日間確保し、2トントラック何台ぶんか、それであの凄まじい作業量である。

チームプレーと豊富な経験があり、更にyoutubeでの収益や海外リユースなどの加勢があって出来る料金なので、たぶん、ここよりも安心確実で良心的な会社を探すのは難しいだろう。大幅な成長ぶりで、関東、東海、関西の多くをカバーしているが、バブル的な発展ではなく、創業者の仕事に対する姿勢に、人がついて来てこその成長である。

とにかく、何年、何十年にわたる生活のゴミ、滓が、重層的に積み重なったものを解きほぐして雲散霧消して行く様は、まるで人の世のありとあらゆる汚泥と腐敗としがらみを、ほぐしていくようである。

筆者自身、年齢や体力的なことを抜きにして、果たしてこの仕事を自分が出来るだろうか…と自問自答してみたが、どうも自信がない。そんな凄まじい現場の中、常に社長自身が一番汚い大変な場所を、自ら受け持って作業している。
彼の口癖が「やり甲斐しか無い」。だからこそ、人がついてくるのだろう。
筆者も、不用品を片付けるのに、何度か業者を呼んだ事もあるので、今後は是非、この会社の隙間時間にでも依頼したいと思う。

まずは皆さんに、是非このチャンネルの動画を見て頂きたいのだが、たぶん、予想以上のハードな現場なので、体調の悪い時や食事時は外していただいたほうが、安全かもしれない。

youtubeのチャンネルを一つ紹介するのに、えらく長文になってしまったが、それだけ内容が重く強烈なものなのだ。キツいのが苦手な方は、まずは漫画本のほうが、実写ではないだけおススメかもしれない。
Date: 2025/08/20
【日々雑感】 【ディープな話】


美人の系譜
今日はたぶん、あまり他では聞いたことのない話かもしれません。
皆さん、本当に自分の目を疑うような美人って、お目にかかったことありますか?
おおかたの人は、「美人たって、人それぞれ好みとか見方が違うから、自分が美人と思えば美人じゃないの?」なんてとこで、済ましてしまう人が多いと思いますが、そういう話ではないのです。


もう誰がどこからどう見ても、正真正銘、言葉で表現するとしたら「絶世の美女」なんて、平凡すぎて恥ずかしい表現しか出てこないような美人が、世の中には存在するんです。
これ以上、何と言えばいいのか分かりませんが、とにかく、たぶん皆さんが想像するのとは、全くレベルの違う世界の話です。


「女優で言うと、例えば誰ぐらい?」
とか、そんな事を言ってはいけません。


はっきり言って、芸能界には大した美人は居ません。
どちらかと言うと、片親だとか、コンプレックスを抱えた人が多いですし、基本的に芸人は売り物です。別に、春を売るとかそんな話ではなくて、人目に晒され、顔と名前を売ってなんぼの商売です。
人間でも物でも、本当に価値のあるものって、売り物としてはなかなか出てきませんよね。


人相学的な見方としては、知性の高い人ほど、顔立ちが整っている、というのが一般的な話です。
ですから、「ブスだから勉強だけは頑張って頭が良い」というのは無いんです。
美人ぶりが表面に出ない人は居ますが、正真正銘のブスだけど頭だけ良い、というのは、セオリーから言って成り立ちません。


当サイトは90年代から運営していますが、初めてオフ会を催した時、一人の男性が、「会員さんに余りに美人が多くてびっくりした」と言っていました。
それは、当然、そうなります。


今でこそ、インターネットなんて、猫も杓子も接続してますが、90年代にPCを購入してインターネットに接続し、何か新しい世界を探して飛び込んでみよう、なんて人は、いろんな意味で、けっこうグレードの高い層でした。
皆さん、今はだいたい、社会的にもそれなりの立場になっておられます。


人相と知性の話はそんなところですが、今回私が言っているのは、それともまた違います。
羽衣伝説に出て来る、天女みたいな美人の話です。
まさにその人の周りだけオーラが違うというか、完全に別世界の住人です。
その人を見たら、芸能人なんて即座に、尻尾を撒いて退散することでしょう。


普通の生活をしていると、まずそんな人に出会う機会はありませんが、私が何故そんな人を知っているのかというと、占術の世界に入ってからのことです。
その辺の素人占い師ではなく、けっこうディープな占術の世界に縁が出来ると、自然と、神霊世界にも縁が出来ます。(心霊と神霊は別物です)


そういう人達が一堂に会し、研究や報告を行う為に、きちんとした団体があります。マスコミの喧騒とは別の世界ですので、もちろん、テレビや雑誌で報道されることもありません。


一番しっかりした霊能者団体は、大本教関係者が主宰していて、東京都の所管になっていますが、素人さんがドッと押し寄せたら困りますので、具体的なことは伏せておきます。


それらの、いわゆる霊能者と言われる人達の出入りする世界を覗いてみると、明らかに住人の層が違います。
本物の美女というのは、そんな中にさり気なく混じっていますが、今までに本当に絶世の美女だなあ、と思うのは、二人でした。


一人はさる政治団体主宰者の奥さん、もう一人は宗教系大学の学長の奥さんでした。
もう、お金にモノ言わせてずるーい、とか言うわけではなく、地位も名誉も知性も兼ね備えた人達なので、やっぱりねー、という感じです。


政治団体主宰者のほうが、道場関係者だったので、大きな演武会の時に、その奥さんも来られました。政治団体と言っても、その辺の与党とか野党とか泡沫政党ではなく、地元に根付いた由緒ある組織です。


私もちょうど受付に居たのですが、その時に受付した人、周りにいた人達がみんな、「え?今のは誰?え?え?誰なの???いったい何が起こったの?」と、目をパチクリしていました。


当人は、ごく普通の主婦の生活をなさっていますが、この奥さん達の姿を見ただけで、思うところがあります。付け焼刃の金や権力だけで、人間世界の頂点に登れるわけではないし、十界互具の思想では、神の世界が「天に住む人間」と定義づけされているように、神霊世界と人間世界は繋がっているのだと、如実に分かります。


この話は、どっちが美人だとか嫉妬するなんて、すごくレベルの低いドングリの背比べだなあ、という話であると同時に、世の中のディープな部分の根幹は、政治と宗教が握っているのだなあ、と言うお話でもあるのでした。
Date: 2024/06/19
【ディープな話】


運命を観る、ということ
今回は、少し重いお話。
書こうかどうしようか、迷ったんですが、この問題に気付いていない人もあるし、その割に、私自身、かなり重く受け止めている問題でもあり、少しやんわりと書いてみることにしました。
どうせ、分かる人にはすぐに分かるでしょうが、あんまり具体的にはっきり書くのも憚られるので、気休め程度にぼかしながら書きます。

運命鑑定メニューの中に、自分の過去の出来事を振り返りながら、本来の運命の流れと見比べてみる、という項目があります。
ぼかすなんて言いながら、どうにもぼかしようがないので、自分でいったいナニをやりたいんだ?状態ですが、けっこう大勢の人に影響する問題なので、ゴリ押しして書きます。

これ、当人に教えてもらった経歴と、四柱推命で導き出した長期の運勢を突き合わせるので、私自身、思っていなかったような深読みと裏付けが出来て、けっこう濃い鑑定に仕上がったなあ、という感じがしていたんです。

そう、最初のうちは…

そのうちに、経歴を記入してもらうシートを送ったのに、かなりの長期間、戻ってこないものが、少なからずあるのに気づきました。
忙しいんだろう、ぐらいに軽く考えてたんですが、お窺いを立てたり、家族に様子を尋ねるうちに、どうも思っていた状況とは違うようです。

シートが戻ってこない人が、ほぼ全員、なんだか、思い出したくない、書きたくないことがあって、書かない、書けないようなのです。

さすが、のんびりした私も、ここに至って、やばい、と気づきました。
自分の過去をきちんと振り返ることのできる人って、どちらかというと、精神的に強い人であるか、或いは大きな傷を負っていない人なんです。
逆に言うと…

分かりますよね?

だったら、そんな鑑定、頼まなきゃいいじゃないか、と、ドライな人は言いそうですが、当人も最初は軽く考えていて、ここまできついものだとは、思っていなかったようなのです。

改めて、運命にタッチするって、恐ろしいものだと思いました。
世の中にはカウンセラーとか、精神科医とか、私と少し共通項のある職業もありますが、こういう問題ってどういう姿勢で臨まれているのでしょうか。
何かご意見のある方は、どうぞ遠慮なくご連絡下さい。
貧しいながら、両親に大切にされて育った、私のような迂闊者には、思いもかけない事態でした。

仏教に「観世音菩薩」という有名な菩薩が出てきます。仏や菩薩にもいろいろタイプがあって、観世音菩薩は、仏の教えを広く知らしめるのが役割です。広宣流布が役割ですから、相手に拒絶反応を起こさせては、何にもなりません。相手に応じて、違和感の無い、その世界に馴染みやすい姿で登場することになっています。
私のやっていた事って、何のことはない、拒絶反応を呼び起こす事、そのものではないですか…。

この観世音菩薩、通称「観音さま」の名称って、何気なく呼んではいますが、けっこう意味深なのです。
法華経では「観世音菩薩」になっていますが、般若心経では「観自在菩薩」になっています。

どちらも同じ菩薩を指しますが、サンスクリット語は「アバロキテシュバラ」。これを中国語に訳す時点で、訳者によって微妙に違いが生まれました。

一般に流布している般若心経は玄奘三蔵訳で「観自在菩薩」、鳩摩羅什訳の般若心経では「観世音菩薩」になっています。

「自在に観る菩薩」と「世の音を観る菩薩」。
実は、この違いは、とても大きなものなのです。
なんて、分った風なことを言っていますが、私自身だって、どこまで本当に分かっているのかは、怪しいものです。ですが、だからと言って沈黙してしまう訳にもいきません。

「音を観る」とはどういうことなのか?
「観世音菩薩普門品第二十五」に、なぜこの菩薩を「観世音菩薩」と呼ぶのか?という問いが出てきますが、その続きを読んでも、分ったような、分らないような…。でも、そんな簡単に分って、すぐに完璧に解決してしまうようなお利口さんになるのは、とても危険なことなのでしょう。

愚の骨頂の鑑定メニューは取り下げますが、なんだかんだで、最近は、読経の修行と易の勉強に、改めて頑張っています。
Date: 2024/05/11
【ディープな話】


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